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KJCLUB - 日王儀式「大嘗祭」は悪魔崇拝 
自由掲示板 FreeStyle



大嘗祭 – Wikipedia

 

その読者の方の話によると、1990年に発刊された「噂の真相」という雑誌に、この「大嘗祭」についての詳細が書かれてあったとのことで、早速、その雑誌のコピーを送っていただきました。

 

で、今回はその雑誌の記事をそのままここに掲載します。

 

これまでこのブログを長く読んできて下さった方なら、以下の記事を読めば「大嘗祭」が悪魔崇拝そのものであることがすぐにお分かりいただけることと思います。

 

また、このブログを余り読んでいない方にとっても、以下の記事を読めば、天皇がいかに頭のおかしな人物であり、「大嘗祭」がいかに税金のムダ使いであるかがお分かりいただけると思います。(実際、この「大嘗祭」のために税金を使うことは違憲であるとの説もあるそうです。)

 

なお、以下のリンク記事を読んでいただけば、この「大嘗祭」が悪魔崇拝に他ならないことをさらに具体的に理解できることと思います。

 

〈閲覧注意〉チベットは悪魔崇拝の聖地です。

 

〈閲覧注意〉日本の密教もまた悪魔崇拝そのものです。

 

この世の神はとかく悪魔だらけ。ヨガ、アセンション、アガルタ関連の話には要注意です。

 

神社仏閣に潜む悪魔たち。またはアガルタから悪魔のメッセージを伝える人たち。

 

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■神秘のヴェールに覆われた大嘗祭における秘儀の真相

 


1989 年、昭和天皇の死で凍りついたメディア状況の中で、「自粛ムード」を批判し、その空虚な実態を暴き続けた『噂の真相』が、翌年、明仁天皇の即位に際して天皇家最大の秘密である「大嘗祭」に迫った。

 

編集部が未だこれを超える天皇論は存在しないと自負する慧眼の批判研究。

 

18.36.46

 

■秘儀を否定する宮内庁の異例の見解

 

皇室の公的行事として強行することが決定されたのみで、中身については一貫して秘密裡に準備進行されていた天皇明仁の大嘗祭、その式次第がこの10月19日、宮内庁より公表された。

 

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時間にも及ぶ記者会見を関いて発表された儀式の概容は、ひとことでいえば、予想通り登極令を焼き直しにした神道色まるだしの中身、という表現で十分なもの
だろう。それよりもこの会見で注目されたのは、記者の質問を受ける形で宮内庁幹部が大嘗祭における〈秘儀〉の存在を正式に否定したことの方である。

 

「特別の秘儀はなく、天皇が神前で読みる御告文にもそのような思想はない」

 

かねてより国会答弁等では〈秘儀〉に対する否定的見解をのべたこともある宮内庁だが、マスコミに対して、しかも具体的な根拠を提示する形で「ない」と断言したのはきわめて異例といえるだろう。

 

これは言い換えれば、宮内庁が直接的に対応せざるをえないほど、「秘儀の存在」がある種のリアリティをもって語られはじめていることの裏返しに他ならない。

 

実際、昭和天皇の死去以降、まず、宗教学、民俗学、歴史学といったアカデミズムからのアプローチが盛んになり、大嘗祭が近づくにつれて、及び腰ながらも
〈秘儀〉を活字にするマスコミも登場するようになった。また、海外のメディアまでがこの〈秘儀〉に強い関心を示しはじめている。

 

そして何より、我々の問で、様々な風説がまことしやかに流布しはじめているのだ。日く、

 

「天皇は大嘗祭で窓きものがついたようにトランス状態になる」

 

「深夜、大嘗宮の中で女性と性的な行為をするらしい」

 

「昭和天皇のミイラと一緒に寝る儀式がある」

 

「稲穂に天皇が精液をかける儀式が大嘗祭の骨子だ」


 

■霊魂が新天皇に付着する!?

 

単なる無責任なデマ、としか思えないこれらの風説は、あながち無根拠というわけでもない。むしろ、ある種の本質をいいあてているとさえいえる部分もあるのだ。

 

大嘗祭の中心儀礼は大嘗宮に建てられた悠紀殿・主基殿の閉ざされた内陣に、夕刻から朝にかけて新天皇が引き縫ってとり行う儀式である。

 

この中で行われている儀式として明らかになっているのは、秋にとれた穀物を皇祖である天照大神に供え、共にこれを食べる〈福鋲供進の儀〉以外にない。

 

これをうのみにすれば、大嘗祭は毎年秋に行われる新嘗祭と全く同一の内容、つまりは瑞穂の国・稲作国家の祭紀王たる天皇による単なる収穫儀礼、ということになる。

 

しかし、にもかかわらず、大嘗祭は天皇としての神格を継承させる一世一代の儀式なのだ。加えて、大嘗祭では新嘗祭の約三倍以上もの長時間にわたって新天皇が悠紀殿・主基殿両殿内陣に引きこもることになっている。だとすれば新嘗祭と同一の中身のはずがない。

 

神との〈共食〉以外に何か儀式が隠されているのではないか、そんな疑惑が大嘗祭に関して浮かびあがってくるのも当然のことだろう。

 

そして着目されたのが、内陣の構造、だ。両殿内部には天皇と神の席がしつらえられており、ここで対座して〈共食〉をすることになっている。

 

ところが、これが中心儀礼の割には部屋全体から見ると片隅に追いやられており、内陣の中心・大部分を占めるのは八重畳の寝座、つまりベッドなのだ。

 

そしてこのべッドを使って〈秘儀〉が行われている、というのが最も有力な説として浮上してきた。

 

この〈寝具の秘儀〉を最初に指摘したのはご存知のように民俗学者・折口信夫である。

 

折口は講演「大嘗祭の本義」で寝具を天孫降臨神話でニニギノミコトがくるまって地上に降り立ったとされる〈マドコオフスマ〉に見たて、このベッドの布団に天皇がくるまる儀式の存在を唱えたのである。

 

さらに折口がこの〈マドコオフスマの儀〉に必要不可欠な要素として提示したのが、〈天皇霊〉の存在だ。

 

大嘗祭で布団にくるまっている聞に〈天皇霊〉が天皇の肉体に付着し、そのことによってはじめて完全な天皇になる、というのである。

 

つまり、天皇の肉体は霊魂の容れ物にすぎず、大嘗祭は霊魂が新天皇の肉体を借りて復活する、神性の継承儀式であると主張したのだ。


 

(註: この〈天皇霊〉とはすなわち悪魔のことなのでしょうか。)

 

前述の「トランス状態」の風説は、この〈天皇霊〉が付着する時間を指している、といえなくもない。

 

実際、狂信的な神道家の間では天皇の霊能力なるものが本気で信じられているらしく、例えば、昭和の大嘗祭で福岡が主基斎田に勅定、された際、すべての祭事をとりしきったといわれる古神道家・川面凡児などは天皇が大嘗祭はおろか、毎日朝夕に「イメ」なるトランス状態に陥るといっている。

 

(註: 要するに、毎日、悪魔と交信しているというわけです。)

 

天皇の霊魂がたえず霊界と現界を往来し天皇は霊界をも統治しているという説である。

 

さすがにここまでマッドな説になると、まともにとりあげられることはないが、本質的には〈天皇霊〉論もこの種の奇説と同一なのだ。

 

そして、儀式の意味づけを行った折口の意図とは全く関係なく、〈天皇霊〉の存在そのものが、今や神道界では常識となっているという。

 

(註: 天皇がこの世で最大の霊力を持っているとの疑いは、私もこれまで何度も書いてきました。例えばこちら。私はこの折口氏のことは全く知りませんでしたが、彼と同じことを類推せざるを得ない幾つもの状況証拠があちこちから見付かっていたわけです。)

 


■新天皇は前天皇の死体と同衾か

 

(註: 同衾とは一緒に寝ること。つまり、前の天皇の死体(ミイラ)といっしょに寝るという儀式があるとのこと。)


 

折口の〈マドコオフスマ〉〈天皇霊〉を深化発展させる形で、その後〈秘儀〉に関する様々な考察が登場した。

 

〈先帝同衾〉説もそのひとつである。他ならぬ折口信夫自身が「大嘗祭の本義」講演の翌年、「古代人の思考の基礎」と題された講演でこの説を開陳している。

 

折口によれば、古代には生死を明確にする意識がなく、平安期でも「生きてゐるのか、死んでゐるのか、はっきりわからなかった」。

 

生き返るのか、別の肉体に魂が移るのかを判別する必要があったのだ。そこでもとの天皇霊のついていた肉体(=先帝の死体)と新しく霊のつくべき肉体(=新天皇)を「一つ会で覆うて」復活のための儀式を行ったのだという。

 

その後、生死の区分が明確化してくるにつれて二つの肉体を別々の場所に置くようになる。

 

もともとは一つしかなかったと思われる大嘗宮主殿が悠紀殿と主基殿に分かれてくるのはそのためで、片方に前天皇の死体を置き、もう一方に新天皇が入る。

 

表は別々となるが趣旨は同様で、復活とそれを果たせない場合は〈天皇霊〉の移動が行われる、というのが折口の唱える説の概容だ。

 

この〈先帝同衾〉説は当時からかなり広範に流布されていたらしく、折口以外にも「天照大神の死骸(いったいそんなもの、がどこにあるんだろうか?)と同衾する」といった説を唱える神道家もいたという。

 

現代でもこの〈先帝同衾〉を支持する学者は多く、谷川健一、山折哲雄など、民俗学・宗教学もこの説に立っている。ことに山折は比較王権の視座から、フランスやダライ・ラマの場合にも同様の例があったとし、〈先帝同衾〉説を補強している。

 

(註: 出ましたね。ダライ・ラマといえば「チベット仏教」、「チベット仏教」といえば悪魔教です。)

 

もっとも、物理的に考えれば、〈崩御〉からかなりの時間を経過している大嘗祭で前天皇の死骸と共寝する、というのは不可能に近い。

 

折口〈先帝同衾〉説を真正面から継承しているひとりである歴史学者の洞富雄も、これは模擬儀礼であるとしている。寝座の側に靴をおいてあるのもそのため
で、前天皇、が寝座に績たわっていると想定して行われる儀式、というわけだ。では、前出の「ミイラ」の風説はやや飛躍しすぎ、なのだろうか。

 

しかし、一方ではこの〈先帝同衾〉が大嘗祭ではなく、〈崩御〉の直後に実際に行われているのではないか、との噂もある。この〈先帝同衾〉に直接的なイメージを与えているのが、〈残〉の儀礼である。

 

天武天皇の時には二年二カ月にも及んだと記録されている、この儀式は復活儀礼としての性格が色濃く漂っており、昭和天皇の〈崩御〉の際も、〈殖宮の儀〉として死後13日目から40 日目までの長期にわたってとり行われた。

 

むしろ大嘗祭よりも、この聞に実際に前天皇の死骸と寝る秘密の風習が、天皇家には残っているのではないか、というのだ。

 


(註: 実はミイラと「密教」も密接な関係があります。詳しくは後にご説明します。)

 


■大嘗祭の本質は性的行為なのか。

 

〈マドコオフスマ〉の延長線上に浮かびあがるもうひとつの〈秘儀〉説に(聖婚儀礼)がある。〈聖婚〉というのはもってまわったいい方であり、要するに大嘗祭で天皇による性的行為がおこなわれる、というものだ。

 

大嘗宮正殿の中にまで入れる人間はきわめて限定されている。そのしつらえを見ると、御座(天皇の席)と神座をのぞけば、関白の座と宮王の座、そして数人の采女の座しかない。

 

しかも内障にまで入れるのは天皇と采女の代表ひとりで、残りの人間は外陣にとどまることになっている。

 

そして内陣と外陣はカーテンによってさえぎられている。大嘗祭とは、また、男女が二人きりで夜をすごす儀式でもあるわけだ。

 

この采女を性行為の相手として見るのが、歴史学者の岡田精司らである。采女とは「宮中で炊事・食事などをつかさどった女官、大化以前は地方の一家族の子女から選んで奉」(岩波古語辞典〉られた女性である。

 

つまり、子女と性交することで、豪族に服従を誓わせた服属儀礼との説だ。

 

同じく采女を性行為の対象として見る西郷信網は、その根拠として「国造が新任の日に、神官の采女と称して百姓の女と婚」したという「淫風」が平安初期まで続いていたことをあげている。

 

一方、性的行為の相手を神だとする説もある。穀神に擬せられた王と穀母神に扮した花嫁が交わり、豊穣を祈るという習慣が古代オリエントをはじめ、日本以外でも広くおこなわれていることは、文化人類学の成果としてすでに明らかにされているところだ。

 

(註: この古代オリエントで行われた儀式のことを「悪魔崇拝」と呼びます。)

 

吉本隆明も神の代理としての女性と「性行為」を行うことで〈対幻想〉を〈共同幻想〉として同致させようとする模擬行為と見ている。

 

いずれにしても、大嘗祭がある種の性的な意味合いをおびている、とする研究は少なくない。実をいえば、折口信夫もまた、性交儀礼の存在を示唆しているのだ。

 

(註: チベット仏教でも密教でも、本物の女性と性交する儀式と、空想で性交をする儀式と両方行いますね。詳しくはこちらこちら。なので、この説がかなり信憑性の高いものであることが分かります。)

 

しかし、同じ折口の「天皇霊」論がいたるところで紹介・引用されているにもかかわらず、この部分は完全に黙殺されている。そして、たしかに折口の展開した説は、マスコミやアカデミズムが黙殺せざるを得ないほど大胆なものだった。

 

折口が性行為を示す場所として推定したのは自らが着目した悠紀殿・主基殿内陣の寝座ではなく、両殿の北にある廻立殿だった。

 

天皇は両殿に引き箆もる儀式の前に、ここで「小忌の湯」という湯を使い、体を清めることになっている。つまりシモジモ風にいえば風呂場だ。

 

そして「西官記」「江家次第」等にはここで天皇が〈天羽衣〉をまとっているという記述が登場する。折口はこの〈天羽衣〉があろうことかフンドシであるとし、廻立殿の儀ではじめてこれを解き、性の解放をするという。

 

そして、フンドシを解くのが、丹波から送りこまれた処女であり、天皇はこの処女と性交する、と説くのである。


 

(註: 結局、悪魔教はいつもこういう性的なところに行き着きます。ちなみに、「丹波」とは以下の地域を指します。)

 

18.51.09

 

いったい何が学説的根拠となっているかは不明だが、ある神道研究家の一人はこんな感想をもらす。

 

「天皇の儀式では中心の儀礼よりも、その直前の儀礼が全体の本質をあらわしていることが多い。即位礼の本質を賢所大前の儀が表わしているように。そういう意味では廻立殿の儀が性交儀礼としての大嘗祭の性格をあらわしている可能性はあるだろう」

 

■宮内庁〈秘儀〉否定の舞台裏

 


霊魂、性、血……。様々な〈秘儀〉に関する論考の多くは、結局、折口をその出発点としている。折口が講演「大嘗祭の本義」を発表したのは昭和の大嘗祭を2 カ月後に控えた、昭和3 年9 月のことである。

 

この年は同時に、治安維持法の最高刑が十年から死刑へ改められた年であり、「三・一五事件」と呼ばれる共産党への大弾圧も行われた。

 

そんな中で、かくも異様な儀式の存在を暴いた説が放置されていたのはいったい何故か。いや、取締の対象とならなかっただけではない。折口の説はその後、国家神道推進の中心人物によって堂々と紹介されてもいる。

 

近代神道の創始者であり、内務省神社局考証課長でもあった宮地直二が東大の神道講座で「天皇霊」論を講義したのである。

 

これは、つまり、〈秘儀〉説が現人神という明治憲法下の天皇制にとって都合の悪いものではなかった、という事実を意味している。むしろ、国家体制にある種のイデオロギー基礎として歓迎され、積極的に流布されたのだ。

 

(註: 要するに、実際に天皇はこのような怪しげな儀式を行っていたし、神道家たちはその儀式を行うことを誇りに思っていたわけです。だからこそ、この儀式について人前で堂々と講義していたわけでしょう。)

 

事実、〈天皇霊〉論をはじめとする〈秘儀〉に関するあらゆる考察は、天皇に神性を与えるという意味においても、ミステリアスな部分を増幅させるという意味においても、有効に機能してきたのは確かなのである。

 

ところが、平成の大嘗祭に際して、宮内庁はこの〈秘儀〉の存在を全面否定した。〈秘儀〉だけならまだしも、大嘗祭は「穀物が豊かに実りますように、との祈願が中心で「天皇が神と一体化するという儀式ではない」とその神性をも完全否定したのである。

 

かつては小学校の教科書にさえ〈大神と天皇とが御一体になりあそばす御神事〉 と明記されていたものと全く同一の儀式を、である。

 

このことは大嘗祭の準備が本格的に始まろうとしていた昨年秋、宮内庁で行われたある人事と無関係ではない。大嘗祭の祭杷をつかさとるのは天皇家の私的使用人である掌典職だが、中でも最も古く、中心人物と考えられていた永田忠興掌典補が更迭されたのだ。

 

永田はまた、掌典職の中でも最も強硬な伝統墨守派で、ことあるごとに政府・宮内庁の妥協的な動きと衝突してきた人物でもあった。

 

「右派ジャーナリズムに宮内庁批判の情報をリークし続けていたのもこの永田さんだといわれてますね。ただ、宮中祭紀については最も詳しい人物だったし、今回の大嘗祭も永田さんがとりしきると考えられていた。

 

〈秘儀〉の有無についても天皇以外に知っている人間がいるとすれば、彼ぐらいだったかもしれない。その永田さんを更迭した、というのは政府・宮内庁が象徴天皇制の下で大嘗祭の性格を変える必要がある、と考えたためだろう」(宮内庁詰め記者)

 

(註: さすがに現代においては、こんな淫乱かつ醜悪な儀式を行っているということを世間に知られるのはマズイと思ったのでしょう。)

 

そして永田の後任として新たに外部から送り込まれたのが、鎌田純一祭杷課長である。

 

国学院出身で祭紀学の学者でもある鎌田は、永田とはうってかわってきわめて柔軟な人物といわれる。

 

今回の大嘗祭はすべて、この人物を中心に本来の掌典とは別の、学者・研究者を中心とした委嘱の掌典によるプロジェクトチームによって準備進行されているという。そして、前述の記者会見では鎌田自身が根拠をあげて〈秘儀〉を否定したのである。

 

おそらくこうした動きは、現在の自民党政府の天皇制に対する位置づけの延長線上にあるのだろう。

 

現政権は戦前天皇制復活を単純にめざしているわけではない。もちろん、そういう勢力が存在していることは確かだが、主流はむしろ、女性誌による皇族の芸能人化などを利用しながら国際化社会と象徴制に対応しうる形で天皇制を維持・強化していこうという方針だと思われる。

 

事実、中曽根内閣時代に当時の官房長官・後藤田正晴を中心にして、こうした路線は確認されており、答察官僚出身の藤森昭一を宮内庁長官にすえ、侍従職の大半を官僚出身者にぎりかえるなど、皇室を政府のコントロール下に置く作業が着々と進められてきた。

 

そしてこれまでの代替り儀式は時代に対応した形で、操作を加えながら極めて巧妙かつソフトに行なわれてきたといっていいだろう。いわば、今回の大嘗祭はその集大成なのだ。

 


■神社本庁による操作とある論文

 


しかし、常に右派勢力からの圧力にさらされてきた宮内庁がここまで〈神性〉否定を明言できたのは、最近になってスイ星のごとくあらわれた若手学者の存在に負うところが大きい。

 

国学院大学助教授・岡田壮司(前山山・岡田精司とは別人)がその人で、まさに神道界本流に位置する新進気鋭の研究者である。

 

岡田は昨年からいくつかの論文を発表、折口の〈マドコオフスマ〉〈寝具の儀〉〈天皇霊〉論をすべて根拠のないものと断じ、完全否定した。

 

さらには大嘗祭で天皇が「霊威を享受する」とはしながらも、神と一体化することはない、とその神性付与すらも一蹴したのである。

 

右翼民族派がよく黙っているものだ。それはともかく、あらゆる分野でほぼ定説となっていた折口の論考を真っ向から否定した論文はこれがはじめてといえる。

 

しかも、それは「天皇霊」の存在が常識化している神道界から、中でも折口が祖と呼ばれる国学院神道から出てきたのである。大嘗祭を研究する若手歴史学者はその辺の事情をこう語る。

 

「岡田さんの登場は完全にターニングポイントとなった。論旨自体はたいしたことはないが、神道界からああも完全否定されるとね。

 

学説的には今はもう〈秘儀〉がどんどん否定される方向に向かいはじめている」

 

たしかに、最近も〈秘儀〉否定のイデオローグとしてマスコミにも登場し、宮内庁見解に格好のお墨付きを与える形となっている。

 

おそらく、岡田の出現は偶然ではないだろう。それは、神道界本流、つまり神社本庁全体の意志だ、と見る向きも少なくない。

 

岡田がはじめて折口説を否定するとく短い論文を吋国学院雑誌』に掲載したのは昨年の夏のことである。この直後、神社本庁の前統理であり、今も神道界に大きな影響力を持つといわれる桜井勝之進が岡田を呼び、二人が会談したという情報がある。

 

つまり、この席で桜井は岡田にバックアップを約束し、岡田はその意を受けてさらに大きな論文・単行本等を発表、反折口説のイデオローグとして本格的に活動を開始したのではないかと推定されるのだ。

 

事実、桜井はこの問、岡田論文を補強するような発言を神社本庁関係の一肩書をあえて使わずに何度かおこなっている。

 

それにしても、戦前の天皇制復活を目論み、常に「伝統墨守」を叫んできた極右団体・神社本庁までが大嘗祭における神性継承的性格を否定しはじめたのはなぜだろうか。

 

「戦前は有効だった折口説も、現代では逆に作用しかねない、との政治的判断でしょう。怪奇な儀式として反対勢力の攻撃材料にされたり、海外メディアの好奇の目に閲されたりということになりかねない。

 

神道というのは何よりカタチを重視しますからね。形式さえ伝統に則っていれば、意味づけで後退してもいい、との判断です」(神社本庁関係者)

 

しかも、神社本庁は公式には何ら神性継承の〈秘儀〉を否定してはいない。無名の若手学者をプロパガンダに使うことで、自らは陰に隠れたまま、〈秘儀〉説安二時的に隠蔽しようとしているだけなのだ。

 

そして、宮内庁の〈秘儀〉否定もまた、神社本庁・桜井勝之進の働きかけによるものともいわれている。

 

また、やはり国学院で教鞭もとっている掌典・鎌田純一が岡田を招き、勉強会を開いたとの未確認情報もある。いずれにしても、一連の〈秘儀〉否定の流れは、神社本庁|岡田壮司宮内庁の巧妙な連携プレーであることはほぼ間違いないところだろう。

 

つまり、天皇護持勢力がこぞってある穫の操作をしなければ、現在の環境下でこの大嘗祭を強行することは難しい、と判断したのかもしれない。そして彼らは何よりも、天皇制というカタチの延命をとりあえず優先させたのだろう。

 

(註: これだけの情報化社会になった今、「大嘗祭」の内容をすべて公にしてしまうと、この儀式が「悪魔崇拝」そのものであることに気付く人が出てくるのではないか、と懸念したわけでしょう。そして、実際に私たちがそれに気付いてしまいました。)


 

■明仁天皇は〈秘儀〉を行うのか!?

 


では、こうした体制下で行われる天皇明仁の大嘗祭にはもはや〈秘儀〉など存在しないのだろうか。たしかに、無個性な平成の新天皇とおどろおどろしい〈秘儀〉は結びつかないし、天皇自身が式の簡略化を望んでいるとの情報もある。

 

(註: この世にはそのように表面だけを見て物事を判断する脳天気な人がいます。このブログでも、そんなコメントを書いてくる人が何人かいました。)

 

また、そもそも〈秘儀〉があったとしても、すでに平安期において形骸化しているだろう、との見方が一般的だ。

 

しかし、その一方ではこんな説もある。在野の神道研究家が語る。

 

「大嘗祭によらず、天皇家には一世一代の秘事口伝があるというのは常識です。つまり、第三者を介さず、天皇から天皇へと直接伝えられる送り事がある。

 

セックスの処理、密教秘伝の出産コントロール法などもそのひとつといわれています。その中にはおそらく大嘗祭における〈秘儀〉も含まれているはず」


 

(註: 天皇がルシファーを召喚するプロであり、その奥義を代々継承しているのではないか、との記事を私もずっと前から書いてきました。例えばこちら

 

さらに興味深いのは宮内庁が〈秘儀〉否定の記者会見を聞いた時の出来事である。折口信夫が「フンドシを解くことで天皇が性交に向かう」とした廻立殿の小思
の湯の儀について、ある新聞記者からの質問に、宮内庁は「お湯を使う、ということ以外は一切いえない」とつっぱねたのだという。

 

悠紀殿・主基殿の儀についてはかなり詳細に根拠を示し、〈秘儀〉を否定した宮内庁の一変した態度を考えると、小忌の湯の儀にある種の性交儀礼の名残りが残っている可能性はあるのかもしれない。

 

(註: そこまでつっばねると、かえって誰もが怪しく思うしかありませんよね。)

 

しかし、結論めいたことをいえば〈秘儀〉の有無というのはさして大きい問題ではないのではないか。仮に〈秘儀〉があったとしてもそれは神の偽装にすぎず、収穫儀礼であったとしても農耕民族の祖という偽装にすぎない。

 

神聖祝される神社の洞内部が実はカラツポであるように、そもそも大嘗祭には中身などない。あるのは、どのようにでも語ることのできる、カタチだけだ。

 

(註: これはこの記者の完全な間違いですね。悪魔崇拝者たちはこれらの儀式を通して、本気で「悪魔」にお祈りを捧げているはずですから。)

 

それゆえに時の国家権力や時代状況によって〈大神と御一体になりあそばす御神事〉にも〈国民の平和を祈念する行事〉にもなりうる。今は否定されている折口〈天皇霊〉論が再復活する可能性も十分に残されているのだ。

 

これは〈大元帥〉にも〈一家でテニスに興じるマイホームパパ〉にもなりうる天皇制の本質でもある。かつてロラン・バルトは天皇制を〈空虚な中心〉と呼び、
柄谷行人は〈ゼロ記号〉にたとえた。そして天皇制は〈ゼロ〉であるがゆえにしぶとく生き永らえ、しかも時の権力の有効なイデオロギー装置となってきたので
ある。

 

問題は、大嘗祭に宗教色があるかないか(あるにきまってる)、内廷費か宮廷費か(どちらも国民の税金なのだ)ではない。この恐るべき〈ゼロ〉に我々がどう対処していくかの主体性こそが問われているのである。

 

(註: ゼロならば本当にゼロにしてほしいものです。天皇制を今すぐ廃止してください。それこそが今の日本にとって最も必要な政策であると私は考えます。)

 

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折口氏の学説が本当であるということは、このブログの読者の方ならばすぐにお分かりいただけることと思います。

 

何せ、「チベット仏教」や「密教」で行われる儀式と、この「大嘗祭」で行われる儀式はとてもよく似ています。

 

なぜ似ているのかというと、これらの宗教がどれも悪魔崇拝だからです。悪魔崇拝という同じ一つのカルトが、「チベット仏教」「密教」「神道」という別々の仮面をかぶっているに過ぎないのです。

 

で、「チベット仏教」や「密教」では、こういった儀式を本当に行っているわけですから、「天皇」もまたこのような儀式を行っていたとしても何ら不思議ではありません。

 

また、「現天皇」が「先帝(前の天皇)」のミイラと一緒に寝るという儀式も、あり得ないことではありません。なぜなら悪魔教である「密教」とミイラとは切っても切り離せない関係にあるからです。

 

実は「密教」にはミイラ仏(即身仏)というものがあります。

 

ミイラ仏とは、断食しながら死ぬまでお経を唱えつづけてミイラとなった僧侶たちのことで、そのミイラを仏として奉っている寺院がこの日本には各地にあります。以下がそのミイラ仏の数々です。

 

知られざる日本のミイラ信仰…永き苦行の末の『即身仏』という驚異 – NAVER まとめ

 

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この僧侶たちはミイラになるために、自ら「漆(うるし)」を飲みながらお経を唱え、自分の体を防腐処理していたそうです。

 

「漆」は毒物なので、これは完全な自殺行為にあたるわけですが、そんな悪魔的な所業を「密教」では尊い行いと見なされていたわけです。本当に「密教」はどこからどこまでも悪魔的です。

 

しかも、こんなただの骸骨を神のように崇めるわけですから、まさに狂気の沙汰としか言いようがありません。

 

このように悪魔崇拝者たちはミイラを神のように崇めるところがあるので、同じ悪魔崇拝者である「天皇」が「先帝(前の天皇)」のミイラと一緒に寝る、という儀式を行っていたとしても何ら不思議ではないのです。

 

しかし、こんな気違い沙汰を行う「天皇」が、かつての日本では神のように崇められていたわけですし、今でも「日本会議」や「神社本庁」といった極右団体が、この「天皇」を再び神として担ぎ上げようとしています。本当にあり得ないことです。

 

日本の裏社会のエージェントが目指す道はただ一つ。国家神道の復活です。

 

我々庶民としては、「天皇」が日本(ひいては世界)の頂点に立っていてほしくはありませんので、彼らのそんな下らない計画がいち早く頓挫することを願うばかりです。


일왕의식「다이죠제」는 악마 숭배 


다이죠제 – Wikipedia
 
그 독자인 분의 이야기에 의하면, 1990년에 발간된「소문의 진상」라고 하는 잡지에, 이「다이죠제」에 대한 상세가 쓰여져 있었다는 것으로, 조속히, 그 잡지의 카피를 배웅해 주셨습니다.
 
그리고, 이번은 그 잡지의 기사를 그대로 여기에 게재합니다.
 
지금까지 이 브로그를 길게 읽어 와 주신 (분)편이라면, 이하의 기사를 읽으면「다이죠제」가 악마 숭배 그 자체인 것이 곧바로 알아 받을 수 있는 것으로 생각합니다.
 
또, 이 브로그를 남아 읽지 않은 분에 있어서도, 이하의 기사를 읽으면, 천황이 얼마나 머리의 이상한 인물이며, 「다이죠제」가 얼마나 세금의 낭비일지를 알아 받을 수 있다고 생각합니다.(실제, 이「다이죠제」를 위해서 세금을 사용하는 것은 위헌이다라는 설도 있다고 합니다.)
 
덧붙여 이하의 링크 기사를 읽어 주면, 이「다이죠제」가 악마 숭배와 다름없는 것을 한층 더 구체적으로 이해할 수 있는 것으로 생각합니다.
 
〈열람 주의〉티벳은 악마 숭배의 성지입니다.
 
〈열람 주의〉일본의 밀교도 또 악마 숭배 그 자체입니다.
 
이 세상의 신은 대체로 악마 투성이.요가, 아센션, 아가르타 관련의 이야기에는 요주의입니다.
 
신사 불각에 잠복하는 악마들.또는 아가르타로부터 악마의 메세지를 전하는 사람들.
 
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■신비의 베일에 덮인 다이죠제에 있어서의 비의의 진상
 

1989 년, 쇼와 천황의 죽음으로 얼어붙은 미디어 상황속에서, 「자숙 무드」를 비판해, 그 공허한 실태를 계속 폭로한 『소문의 진상』가, 다음 해, 아키히토 천황의 즉위에 즈음하여 천황가 최대의 비밀인「다이죠제」에 강요했다.
 
편집부가 아직도 이것을 넘는 천황론은 존재하지 않는다고 자부하는 혜안의 비판 연구.
 
18.36.46
 
■비의를 부정하는 궁내청의 이례의 견해
 
황실의 공적 행사로서 강행하는 것이 결정된 것 봐로, 내용에 대해서는 일관해서 비밀리에 준비 진행되고 있던 천황 아키히토의 다이죠제, 그 식순이 이 10월 19일, 궁내청에서 공표되었다.
 
연연 4 시간에 달하는 기자 회견을 관 있어 발표된 의식의 개용은, 한 마디로 하면, 예상대로 등극령을 재탕으로 한 신도색만이고의 내용, 이라고 하는 표현으로 충분한 것 일 것이다.그것보다 이 회견에서 주목받은 것은, 기자의 질문을 받는 형태로 궁내청 간부가 다이죠제에 있어서의〈비의〉의 존재를 정식으로 부정한 것의 분이다.
 
「특별한 비의는 없고, 천황이 신전으로 읽기고문에도 그러한 사상은 없는 」
 
전부터 국회답변등에서는〈비의〉에 대한 부정적 견해를 말한 적도 있는 궁내청이지만, 매스컴에 대해서, 게다가 구체적인 근거를 제시하는 형태로「없는」라고 단언한 것은 극히 이례라고 할 수 있을 것이다.
 
이것은 바꾸어 말하면, 궁내청이 직접적으로 대응하지 않을 수 없는 만큼, 「비의의 존재」가 어떤 종류의 리얼리티를 가지고 말해져서 시작하고 있는 것의 반대와 다름없다.
 
실제, 쇼와 천황의 사망 이후, 우선, 종교학, 민속학, 역사학이라고 하는 학문지상주의로부터의 어프로치가 활발하게 되어, 다이죠제가 가까워지는 것에 따라, 및 허리면서도 〈비의〉를 활자로 하는 매스컴도 등장하게 되었다.또, 해외의 미디어까지가 이〈비의〉에 강한 관심을 나타내기 시작하고 있다.
 
그리고 무엇보다, 우리의 문으로, 님 들인 풍설이 마코토 해나 게유포하기 시작하고 있다.일 구,
 
「천황은 다이죠제로 창기모노가 붙은 것처럼 트랜스 상태가 되는 」
 
「심야, 대상궁 중(안)에서 여성과 성적인 행위를 하는 것 같은 」
 
「쇼와 천황의 미라와 함께 자는 의식이 있다 」
 
「이나호에 천황이 정액을 끼얹는 의식이 다이죠제의 골자다 」

 
■영혼이 신텐황에 부착한다!?
 
단순한 무책임한 유언비어, 로 밖에 생각되지 않는 이러한 풍설은, 반드시 무근거라고 하는 것도 아니다.오히려, 어떤 종류의 본질을 말해 대고 있으면 조차 말할 수 있는 부분도 있다.
 
다이죠제의 중심 의례는 대상궁에 지어진 유키전・스키전이 닫힌 본존을 안치한 곳에, 저녁때부터 아침에 걸쳐 신텐황이 당겨 꿰매어 거행하는 의식이다.
 
이 안에서 행해지고 있는 의식으로서 밝혀지고 있는 것은, 가을에 있을 수 있었던 곡물을 황조인 아마테라스 오오미카미에게 올려 모두 이것을 먹는〈복 압정공진의 의식〉이외로 없다.
 
이것을 그대로 받아들이면, 다이죠제는 매년가을에 행해지는 10월17일에 행하는 궁중행사와 완전히 동일한 내용, 결국은 일본・벼농사 국가의 제기왕인 천황에 의한 단순한 수확 의례, 라는 것이 된다.
 
그러나, 에도 불구하고, 다이죠제는 천황으로서의 신격을 계승시키는 1세1대의 의식이다.더하고, 다이죠제에서는 10월17일에 행하는 궁중행사의 약삼배 이상의 장시간에 걸쳐서 신텐황이 유키전・스키전 양전 본존을 안치한 곳에 틀어박히게 되어 있다.(이)라고 하면 10월17일에 행하는 궁중행사와 동일한 내용일 리가 없다.
 
신과의〈공식〉이외로 무엇인가 의식이 숨겨져 있는 것은 아닌지, 그런 의혹이 다이죠제에 관해서 부상해 오는 것도 당연한 일일 것이다.
 
그리고 주목된 것이, 본존을 안치한 곳의 구조, 다.양전 내부에는 천황과 신의 자리 화실등 얻을 수 있고 있어 여기서 대좌 해〈공식〉를 하게 되어 있다.
 
그런데 , 이것이 중심 의례에 비해서는 방전체에서 보면 한쪽 구석에 쫓아 버려지고 있어 본존을 안치한 곳의 중심・대부분을 차지하는 것은 여덟 겹다다미의 침좌, 즉 침대다.
 
그리고 이 침대를 사용해〈비의〉를 하고 있다, 라고 하는 것이 가장 유력한 설로서 부상해 왔다.
 
이〈침구의 비의〉를 최초로 지적한 것은 아시는 바와 같이 민속학자・오리구치 노부오이다.
 
오리구치는 강연「다이죠제의 본의」로 침구를 천손강림 신화로 니니기노미코트가 휩싸이고 지상에 내려섰다고 여겨지는〈마드코오후스마〉에 본 지 얼마 안되는, 이 침대의 이불에 천황이 휩싸이는 의식의 존재를 주창했던 것이다.
 
한층 더 오리구치가 이〈마드코오후스마의 의식〉에 필요 불가결한 요소로서 제시한 것이, 〈천황영혼〉의 존재다.
 
다이죠제로 이불에 휩싸이고 있는 문에〈천황영혼〉가 천황의 육체에 부착해, 그것에 따라서는 글자째라고 완전한 천황이 된다, 라고 하는 것이다.
 
즉, 천황의 육체는 영혼이 수용해 것에 지나지 않고, 다이죠제는 영혼이 신텐황의 육체를 빌려 부활하는, 신성의 계승 의식이다고 주장했던 것이다.

 
(주: 이〈천황영혼〉와는 즉 악마일까요.)
 
전술의「트랜스 상태」의 풍설은, 이〈천황영혼〉가 부착하는 시간을 가리키고 있다, 라고 말할 수도 없다.
 
실제, 광신적인 신도가의 사이에서는 천황의 영혼 능력 되는 것이 진심으로 믿을 수 있고 있는 것 같아서, 예를 들면, 쇼와의 다이죠제로 후쿠오카가 스키 사이다에 칙정, 되었을 때, 모든 제사를 관리했다고 하는 코가미 도가・가와츠라 본지 등은 천황이 다이죠제는 커녕,매일 조석에「꿈」되는 트랜스 상태에 빠진다고 하고 있다.
 
(주: 요컨데, 매일, 악마와 교신하고 있다는 것입니다.)
 
천황의 영혼이 끊임없이 영계와 현계를 왕래해 천황은 영계도 통치하고 있다고 하는 설이다.
 
과연 여기까지 매드인 설이 되면, 온전히 취할 수 있을 것은 없지만, 본질적으로는〈천황영혼〉론도 이런 종류의 기설과 동일하다.
 
그리고, 의식이 의미를 부여해를 실시한 오리구치의 의도와는 완전히 관계없이,〈천황영혼〉의 존재 그 자체가, 지금 신도계에서는 상식이 되고 있다고 한다.
 
(주: 천황이 이 세상으로 최대의 신비스러운 힘을 가지고 있다라는 혐의는, 나도 지금까지 몇번이나 써 왔습니다.예를 들면이쪽.나는 이 오리구치씨의 일은 완전히 몰랐습니다만, 그와 같은 것을 유추 하지 않을 수 없는 몇의 상황 증거가 여기저기로부터 발견되고 있던 것입니다.)
 

■신텐황은 전 천황의 시체와 동침인가
 
(주: 동침과는 함께 자는 것.즉, 전의 천황의 시체(미라)와 함께 잔다고 하는 의식이 있다라는 것.) 

 
오리구치의〈마드코오후스마〉〈천황영혼〉를 심화 발전시키는 형태로, 그 후 〈비의〉에 관한 님 들인 고찰이 등장했다.
 
〈선제 동침〉설도 그 하나이다.다름아닌 오리구치 노부오 자신이「다이죠제의 본의」강연의 다음 해, 「고대인의 사고의 기초」와 제목 된 강연에서 이 설을 개진 하고 있다.
 
오리구치에 의하면, 고대에는 생사를 명확하게 하는 의식이 없고, 평안기라도「생의 것인지, 죽음응 나와 의 것인지, 분명히 몰랐던 」.
 
소생하는지, 다른 육체에 영혼이 옮기는지를 판별할 필요가 있었던 것이다.거기서 원래의 천황영혼이 붙어 있던 육체(=선제의 시체)와 새롭게 영혼이 붙어야 할 육체(=신텐황)를「하나회에서 가리는이라고」부활을 위한 기시키를 실시했던 것이라고 한다.
 
그 후, 생사의 구분이 명확화해 오는 것에 따라 두 개의 육체를 다른 장소에 두게 된다.
 
원래는 하나 밖에 없었다고 생각되는 대상궁토노모가 유키전과 스키전으로 나누어져 오는 것은 그 때문으로, 다른 한쪽에 전 천황의 시체를 두어, 이제(벌써) 한편에 신텐황이 들어간다.
 
겉(표)는 별들이 되지만 취지는 같이로, 부활과 그것을 완수할 수 없는 경우는〈천황영혼〉의 이동을 한다, 라고 하는 것이 오리구치가 주창하는 설의 개용이다.
 
이〈선제 동침〉설은 당시부터 꽤 광범위하게 유포되고 있던 것 같아서 , 오리구치이외에도「아마테라스 오오미카미의 시체(도대체 그런 것, 이 어디에 있을 것인가?)(와)과 동침 하는」라고 하는 설을 주창하는 신도가도 있었다고 한다.
 
현대라도 이〈선제 동침〉를 지지하는 학자는 많아, 타니가와 켄이치, 야마오리 테츠오 등, 민속학・종교학도 이 설에 서있다.일로 야마오리는 비교 왕권의 관점으로부터, 프랑스나 다라이・라마의 경우에도 같은 예가 있었다고 해, 〈선제 동침〉설을 보강하고 있다.
 
(주: 나왔어요.다라이・라마라고 하면「티벳 불교」, 「티벳 불교」라고 하면 악마교입니다.)
 
무엇보다, 물리적으로 생각하면, 〈붕어〉로부터 상당한 시간을 경과하고 있는 다이죠제로 전 천황의 시체와 동침 한다, 라고 하는 것은 불가능하게 가깝다.
 
오리구치〈선제 동침〉설을 바로 정면으로부터 계승하고 있는 혼자인 역사학자의 동토미오도, 이것은 모의 의례이다고 하고 있다.침좌의 측에구두를 놓여 있는 것도 그 때문에 그리고, 전 천황, 이 침좌에 이사오깨고 있으면 상정해 행해지는 의식, 이라고 하는 것이다.그럼, 전출의「미라」의 풍설은 너무 약간 비약해서 인 것일까.
 
그러나, 한편에서는 이〈선제 동침〉가 다이죠제가 아니고, 〈붕어〉의 직후에 실제로 행해지고 있는 것은 아닌지, 라는 소문도 있다.이〈선제 동침〉에 직접적인 이미지를 주고 있는 것이, 〈잔〉의 의례이다.
 
텐무천황때에는 2년2개월에 달했다고 기록되고 있는, 이 의식은 부활 의례로서의 성격이 현저하게 감돌고 있어 쇼와 천황의〈붕어〉때도, 〈식궁의 의식〉로서 사후 13일째부터 40 일째까지가 장기에 걸쳐 거행해졌다.
 
오히려 다이죠제보다, 이 문에 실제로 전 천황의 시체와 자는 비밀의 풍습이, 천황가에는 남아 있는 것은 아닌지, 라고 한다.
 

(주: 실은 미라와「밀교」도 밀접한 관계가 있어요.자세한 것은 후에 설명합니다.)
 

■다이죠제의 본질은 성적 행위인가.
 
〈마드코오후스마〉의 연장선상에 부상하는 또 하나의〈비의〉설에(성결혼식예)가 있다.〈성혼〉라고 하는 것은 가지고 돈 좋은 분이며, 요컨데 다이죠제로 천황에 의한 성적 행위가 행해진다, 라는 것이다.
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대상궁정전가운데에까지 넣는 인간은 극히 한정되고 있다.그 설치해를 보면, 어좌(천황의 자리)와 칸자를 들여다 보면, 관백의 자리와 미야오의 자리, 그리고 몇사람의 우네메의 자리 밖에 없다.
 
게다가 내장에까지 넣는 것은 천황과 우네메의 대표 혼자서, 나머지의 인간은 외진에 머무르게 되어 있다.
 
그리고 본존을 안치한 곳과 외진은 커텐에 의해서 차단해지고 있다.다이죠제란, 또, 남녀가 둘이서로 밤을 보내는 의식이기도 한 것이다.
 
이 우네메를 성행위의 상대로서 보는 것이, 역사학자 오카다정 츠카사등이다.우네메와는「궁중에서 취사・식사등을 주관한 궁녀, 타이카 이전에는 지방의 일가족의 자녀로부터 선택해 봉」(이와나미 고어 사전〉여성이다.
 
즉, 자녀와 성교하는 것으로, 호족에게 복종을 맹세하게 한 복속 의례와의 설이다.
 
같은 우네메를 성행위의 대상으로 해 보는 사이고신망은, 그 근거로서「쿠니조가 신임의 날에, 신관 우네메와 칭해 백성의 여자와 결혼」했다고 하는「음란한 풍습」가 평안 초기까지 계속 되고 있던 것을 주고 있다.
 
한편, 성적 행위의 상대를 신이라고 하는 설도 있다.고신에 의 다투어진 왕과 고모신에 분장한 신부가 사귀어, 풍양을 빈다고 하는 습관이 고대 오리엔트를 시작해 일본 이외에도 넓게 행해지고 있는 것은, 문화인류학의 성과로서 벌써 밝혀지고 있는 곳(중)이다.
 
(주: 이 고대 오리엔트에서 행해진 의식을「악마 숭배」라고 부릅니다.)
 
요시모토 류메이도 신의 대리로서의 여성과「성행위」를 실시하는 것으로〈대환상〉를〈공동 환상〉로서 동하게 하려고 하는 모의 행위라고 보고 있다.
 
어쨌든, 다이죠제가 어떤 종류의 성적인 의미를 띠고 있다, 로 하는 연구는 적지 않다.사실을 말하면, 오리구치 노부오도 또, 성교 의례의 존재를 시사하고 있다.
 
(주: 티벳 불교에서도 밀교에서도, 진짜 여성과 성교하는 의식과 공상으로 성교를 하는 의식과 양쪽 모두 실시하는군요.자세한 것은이쪽이쪽.그래서, 이 설이 꽤 신빙성의 높은 것으로 있다 것이 밝혀집니다.)
 
그러나, 같은 오리구치의「천황영혼」론이 도처에로 소개・인용되고 있는 것에도 불구하고, 이 부분은 완전하게 곡살되고 있다.그리고, 분명히 오리구치의 전개한 설은, 매스컴이나 학문지상주의가 곡살 하지 않을 수 없는 만큼 대담한 것이었다.
 
오리구치가 성행위를 나타내는 장소로서 추정한 것은 스스로가 주목한 유키전・스키전 본존을 안치한 곳의 침좌가 아니고, 양전의 북쪽에 있는 회립전이었다.
 
천황은 양전에 당겨 비의식의 전에, 여기서「소기의 뜨거운 물」라고 하는 뜨거운 물을 사용해, 몸을 맑게 하게 되어 있다.즉 시모지모 식으로 말하면 목욕탕이다.
 
그리고「서관기」「코케 나름」등에는 여기서 천황이〈아마하옷〉를 휘감고 있다고 하는 기술이 등장한다.오리구치는 이〈아마하옷〉가 있을것이다 일이나 훈드시이다고 해, 회립전의 의식으로 처음 이것을 풀어, 성의 해방을 한다고 한다.
 
그리고, 훈드시를 푸는 것이, 탄바로부터 이송된 처녀이며, 천황은 이 처녀와 성교한다, 라고 말하는 것이다.

 
(주: 결국, 악마교는 언제나 이런 성적인 곳에 도착합니다.덧붙여서, 「탄바」와는 이하의 지역을 가리킵니다.)
 
18.51.09
 
도대체 무엇이 학설적 근거가 되고 있을까는 불명하지만, 있다 신도 연구가의 한 명은 이런 감상을 누설한다.
 
「천황의 의식에서는 중심의 의례보다, 그 직전의 의례가 전체의 본질을 나타내고 있는 것이 많다.즉위예의 본질을 현소 오오마에의 의식이 나타내고 있도록(듯이).그러한 의미에서는 회립전의 의식이 성교 의례로서의 다이죠제의 성격을 나타내고 있을 가능성은 있다일 것이다 」
 
■궁내청〈비의〉부정의 무대뒤
 

영혼, 성, 혈…….님 들인〈비의〉에 관한 논고의 상당수는, 결국, 오리구치를 그 출발점으로 하고 있다.오리구치가 강연「다이죠제의 본의」를 발표한 것은 쇼와의 다이죠제를 2 개월 후에 앞둔, 쇼와 3 년 9 월의 일로 있다.
 
이 해는 동시에, 치안 유지법의 최고형이 10년부터 사형에 고쳐진 해이며, 「3・15 사건」로 불리는 공산당에의 대탄압도 행해졌다.
 
그런 중에, 쓰는 것도 이상한 의식의 존재를 폭로한 설이 방치되어 있던 것은 도대체 왜일까.아니, 단속의 대상이 되지 않았던 것 뿐은 아니다.오리구치의 설은 그 후, 국가 신도 추진의 중심 인물에 의해서 당당히 소개되어도 있다.
 
근대 신도의 창시자이며, 내무성 신사국 고증 과장이기도 한 미야지곧 2가 도쿄대학의 신도 강좌로「천황영혼」론을 강의했던 것이다.
 
이것은, 즉, 〈비의〉설이 천황이라고 하는 메이지 헌법하의 천황제에 있어서 사정이 좋지 않은 것으로는 없었다, 라고 하는 사실을 의미하고 있다.오히려, 국가 체제에 있는 종의 이데올로기 기초로서 환영되어 적극적으로 유포되었던 것이다.
 
(주: 요컨데, 실제로 천황은 이러한 수상한 기시키를 실시해, 신도가들은 그 일식을 실시하는 것을 자랑으로 생각한 것입니다.그러니까, 이 기시키에 도착해 남의 앞에서 당당히 강의하고 있던 것이지요.)
 
사실, 〈천황영혼〉론을 시작으로 하는〈비의〉에 관한 모든 고찰은, 천황에 신성을 준다고 하는 의미에 대해도, 신비적인 부분을 증폭시킨다고 하는 의미에 대해도, 유효하게 기능해 온 것은 확실하다.
 
그런데 , 헤세이의 다이죠제에 즈음하여, 궁내청은 이〈비의〉의 존재를 전면 부정했다.〈비의〉뿐만 이라면 아직 하지도, 다이죠제는「곡물이 풍부하게 여물도록, 이라는 기원이 중심으로「천황이 신과 일체화한다고 하는 의식은 아닌」와 그 신성도 완전 부정했던 것이다.
 
이전에는 초등학교의 교과서에마저〈대신과 천황이 어 일체가 되어 놀리는 제사 〉 라고 명기되어 있던 것과 완전히 동일한 의식을, 이다.
 
이것은 다이죠제의 준비가 본격적으로 시작되려 하고 있던 작년 가을, 궁내청에서 행해진 있다 인사와 무관계하지 않다.다이죠제의 제파를 츠카사 잡는 것은 천황가의 사적 사용인인 장전직이지만, 안에서도 가장 낡고, 중심 인물이라고 생각되고 있던 나가타 타다코우장전보가 경질되었던 것이다.
 
나가타는 또, 장전직 중(안)에서도 가장 강경한 전통묵 마모루파에서, 일이 있을 때 마다 정부・궁내청의 타협적인 움직임과 충돌해 온 인물이기도 했다.
 
「우파 저널리즘에 궁내청 비판의 정보를 리크 계속 하고 있었던 것도 이 나가타씨라고 하네요.단지, 궁중제기에 대해서는 가장 자세한 인물이었고, 이번 다이죠제도 나가타씨가 관리한다고 생각되고 있었다.
 
〈비의〉의 유무에 대해서도 천황 이외에 알고 있는 인간이 있다고 하면, 그정도였을 지도 모른다.그 나가타씨를 경질했다, 라고 하는 것은 정부・궁내청이 상징 천황제아래에서 다이죠제의 성격을 바꿀 필요가 있다, 라고 생각했기 때문에일 것이다 」(궁내청 출입기자)
 
(주: 과연 현대에 있어서는, 이런 음란하고 추악한 기시키를 실시하고 있는 것을 세상에 알려지는 것은 마즈이라고 생각했겠지요.)
 
그리고 나가타의 후임으로서 새롭게 외부로부터 이송된 것이, 카마타 쥰이치제파과장이다.
 
국학원출신으로 제기학의 학자이기도 한 카마타는, 나가타와는 달라져 극히 유연한 인물이라고 한다.
 
이번 다이죠제는 모두, 이 인물을 중심으로 본래의 장전과는 다른, 학자・연구자를 중심으로 한 위촉의 장전에 의한 프로젝트 팀에 의해서 준비 진행되고 있다고 한다.그리고, 전술의 기자 회견에서는 카마타 자신이 근거를 주어〈비의〉를 부정했던 것이다.
 
아마 이러한 움직임은, 현재의 자민당 정부의 천황제에 대한 위치설정의 연장선상에 있을 것이다.
 
현정권은 전쟁 전 천황제 부활을 단순하게 목표로 하고 있는 것은 아니다.물론, 그러한 세력이 존재하고 있는 것은 확실하지만, 주류는 오히려, 여성잡지에 의한 황족의 연예인화등을 이용하면서 국제화 사회와 상징제에 대응할 수 있는 형태로 천황제를 유지・강화해 나가려는 방침이라고 생각된다.
 
사실, 나카소네 내각 시대에 당시의 관방장관・고토우다 마사하루를 중심으로 하고, 이러한 노선은 확인되고 있어 답찰관료 출신의 후지모리 쇼우이치를 궁내청 장관으로 자리잡아 시종직의 대부분을 관료 출신자에게 의리인가 있는 등, 황실을 정부의 컨트롤하에 두는 작업이 순조롭게 진행되어 왔다.
 
그리고 지금까지의 대체의식은 시대에 대응한 형태로, 조작을 더하면서 지극히 교묘하고 소프트에 행해져 왔다고 하고 좋을 것이다.말하자면, 이번 다이죠제는 그 집대성이다.
 

■신사본청에 의한 조작과 있다 논문
 

그러나, 항상 우파 세력으로부터의 압력에 노출되어 온 궁내청이 여기까지〈신성〉부정을 명언할 수 있던 것은, 최근이 되어 스이별과 같이 나타난 신진 학자의 존재에 지는 곳(중)이 크다.
 
국학원대학 조교수・오카다 소우사(마에야마산・오카다정사와는 딴사람)가 그 사람으로, 확실히 신도계 주류에 위치하는 신진기예의 연구자이다.
 
오카다는 작년부터 몇개의 논문을 발표, 오리구치의〈마드코오후스마〉〈침구의 의식〉〈천황영혼〉론을 모두 근거가 없는 것과 판단해 완전 부정했다.
 
또 다이죠제로 천황이「영위를 향수하는」와는 하면서도, 신과 일체화할 것은 없다, 라고 그 신성 부여조차도 일축 했던 것이다.
 
우익 민족파가 잘 입다물고 있는 것이다.그것은 차치하고, 모든 분야에서 거의 정설이 되고 있던 오리구치의 논고를 정면으로부터 부정한 논문은 이것이 처음이라고 할 수 있다.
 
게다가, 그것은「천황영혼」의 존재가 상식화하고 있는 신도계로부터, 안에서도 오리구치가 선조로 불리는 국학원신도로부터 나왔던 것이다.다이죠제를 연구하는 젊은이 역사학자는 그 근처의 사정을 이렇게 말한다.
 
「오카다씨의 등장은 완전하게 분기점이 되었다.논지 자체는 별일 아니지만, 신도계로부터 아도 완전 부정되자면.
 
학설적으로는 지금은 이제(벌써)〈비의〉가 자꾸자꾸 부정될 방향을 향하기 시작하고 있는 」
 
분명히, 최근도〈비의〉부정의 관념학자로서 매스컴에도 등장해, 궁내청 견해에 모습의 보증 문서를 주는 형태가 되고 있다.
 
아마, 오카다의 출현은 우연히는 아닐 것이다.그것은, 신도계 주류, 즉 신사본청 전체의 의지다, 라고 보는 방향도 적지 않다.
 
오카다가 처음 오리구치설을 부정한다고 구 짧은 논문을 두국학원잡지』에 게재한 것은 작년의 여름의 일로 있다.이 직후, 신사본청의 전통리이며, 지금도 신도계에 큰 영향력을 갖는다고 해지는 사쿠라이 카츠노신이 오카다를 불러, 두 명이 회담했다고 하는 정보가 있다.
 
즉, 이 자리에서 사쿠라이는 오카다에 백업을 약속해, 오카다는 그 뜻을 받아 한층 더 큰 논문・단행본등을 발표, 반오리구치설의 관념학자로서 본격적으로 활동을 개시 한 것이 아닐까라고 추정된다.
 
사실, 사쿠라이는 이 문, 오카다 논문을 보강하는 발언을 신사본청 관계의 1 직함을 굳이 사용하지 않고 몇 번인가 행하고 있다.
 
그렇다 치더라도, 전쟁 전의 천황제 부활을 목론 봐, 항상「전통묵수」를 외쳐 온 극우 단체・신사본청까지가 다이죠제에 있어서의 신성 계승적 성격을 부정하기 시작한 것은 왜일까.
 
「전쟁 전은 유효했던 오리구치설도, 현대로는 반대로 작용할 수도 있는 , 이라는 정치적 판단이지요.괴기인 의식으로서 반대 세력의 공격 재료로 되거나 해외 미디어의 호기의 눈에 열 되거나라는 것이 될 수도 있다.
 
신도라고 하는 것은 무엇보다 모양을 중시하니까요.형식마저 전통에 준거하고 있으면, 의미를 부여해로 후퇴해도 괜찮은, 이라는 판단입니다 」(신사본청 관계자)
 
게다가, 신사본청은 공식으로는 어떤 신성 계승의〈비의〉를 부정 하고 있지는 않다.무명의 신진 학자를 선전에 사용하는 것으로, 스스로는 그늘에 숨은 채로, 〈비의〉설안2시적으로 은폐 하려고 하고 있을 뿐이다.
 
그리고, 궁내청의〈비의〉부정도 또, 신사본청・사쿠라이 카츠노신의 움직임에 의하는 것이라고도 일컬어지고 있다.
 
또, 역시 국학원에서 교편도 취하고 있는 장전・카마타 쥰이치가 오카다를 불러, 스터디 그룹을 열었다는 미확인 정보도 있다.어쨌든, 일련의〈비의〉부정의 흐름은, 신사본청|오카다 소우 시노미야내청의 교묘한 제휴 플레이인 것은 거의 틀림없는 곳일 것이다.
 
즉, 천황 수호 세력이 빠짐없이 있다 확의 조작을 하지 않으면, 현재의 환경하에서 이 다이죠제를 강행하는 것은 어렵다, 라고 판단했을지도 모른다.그리고 그들은 무엇보다도, 천황제라고 하는 모양의 연명을 우선 우선시켰을 것이다.
 
(주: 이만큼의 정보화 사회가 된 지금, 「다이죠제」의 내용을 모두 공으로 해 버리면, 이 의식이「악마 숭배」그것인 것에 깨닫는 사람이 나오는 것은 아닌지, 라고 염려한 것이지요.그리고, 실제로 우리가 거기에 깨달아 버렸습니다.)

 
■아키히토 천황은〈비의〉를 실시하는 것인가!?
 

그럼, 이러한 체제하에서 행해지는 천황 아키히토의 다이죠제에는 이미〈비의〉 등 존재하지 않는 것일까.분명히, 무개성인 헤세이의 신텐황과 수풀 수풀 해 있어〈비의〉는 결합되지 않고, 천황 자신이 식의 간략화를 바라고 있다라는 정보도 있다.
 
(주: 이 세상에는 그처럼 표면만을 보고 사물을 판단하는 정수리기분인 사람이 있습니다.이 브로그에서도, 그런 코멘트를 써 오는 사람이 여러명 있었습니다.)
 
또, 원래〈비의〉가 있었다고 해도, 벌써 평안기에 있어 형해화하고 있을 것이다, 라는 견해가 일반적이다.
 
그러나, 그 한편에서는 이런 설도 있다.재야의 신도 연구가가 말한다.
 
「다이죠제에 의하지 않고, 천황가에는 1세1대의 비밀 구전이 있다라고 하는 것은 상식입니다.즉, 제삼자를 개좌도, 천황으로부터 천황으로 직접 전달할 수 있는 보내 일이 있다.
 
섹스의 처리, 밀교 비전의 출산 컨트롤법등도 그 하나라고 하고 있습니다.그 중에는 아마 다이죠제에 있어서의〈비의〉도 포함되어 있을 것 」

 
(주: 천황이 르시파를 소환하는 프로이며, 그 오의를 대대 계승하고 있는 것은 아닌지, 라는 기사를 나도 훨씬 전부터 써 왔습니다.예를 들면이쪽)
 
한층 더 흥미로운 것은 궁내청이〈비의〉부정의 기자 회견을 (들)물었을 때의 사건이다.오리구치 노부오가「훈드시를 푸는 것으로 천황이 성교로 향하는」로 한 회립전의 소사 의 뜨거운 물의 의식에 대해서, 있다 신문기자로부터의 질문에, 궁내청은「더운 물을 사용한다, 라고 하는 것 이외는 일절 말할 수 없는」와 딱 잘라 거절했던 것이라고 한다.
 
유키전・스키전의 의식에 대해서는 꽤 상세하게 근거를 나타내, 〈비의〉를 부정한 궁내청이 일변한 태도를 생각하면, 소기의 뜨거운 물의 의식에 있는 종의 성교 의례의 아쉬움이 남아 있을 가능성은 있다 의 것인지도 모른다.
 
(주: 거기까지 자면, 오히려 누구나가 이상하다고 생각할 수 밖에 없겠지요.)
 
그러나, 결론인 듯한 것을 말하면〈비의〉의 유무라고 하는 것은 별로 큰 문제는 아닌 것이 아닌가.만일〈비의〉가 있었다고 해도 그것은 신의 위장에 지나지 않고, 수확 의례이었다고 해도 농경 민족의 선조라고 하는 위장에 지나지 않는다.
 
신성축 되는 신사의 동내부가 실은 카라트포이도록(듯이), 원래 다이죠제에는 내용같은 건 없다.있다의는, 어떻게에서도 말할 수 있는, 모양 뿐이다.
 
(주: 이것은 이 기자의 완전한 실수군요.악마 숭배자들은 이러한 의식을 통하고, 진심으로「악마」에 기원을 바치고 있을 것이기 때문에.)
 
그러므로에 때의 국가 권력이나 시대 상황에 의해서〈대신과 어 일체가 되어 놀리는 제사〉에도〈국민의 평화를 기원하는 행사〉에도 될 수 있다.지금은 부정되고 있는 오리구치〈천황영혼〉론이 재부활할 가능성도 충분히 남아 있다.
 
이것은〈오모토수〉에도〈일가에서 테니스에 흥미를 느끼는 마이 홈 파파〉에도 될 수 있는 천황제의 본질이기도 하다.일찌기 로란・발트는 천황제를〈공허한 중심〉라고 불러, 카라타니 행인은〈제로 기호〉에 비유했다.그리고 천황제는〈제로〉이기 때문에 완고하게 장수해 게다가 때의 권력의 유효한 이데올로기 장치가 되었기 때문에 있다.
 
문제는, 다이죠제에 종교색이 있다 가내인가(있다에 결정되고 있다), 내정비나 궁정비인가(어느쪽이나 국민의 세금이다)는 아니다.이 무서운〈제로〉에 우리가 어떻게 대처해 나갈까의 주체성이 추궁당하고 있는 것이다.
 
(주: 제로라면 정말로 제로로 하면 좋은 것입니다.천황제를 금방 폐지해 주세요.그야말로가 지금의 일본에 있어서 가장 필요한 정책이라고 나는 생각합니다.)
 
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오리구치씨의 학설이 사실인 것은, 이 브로그의 독자인 분이라면 곧바로 알아 받을 수 있는 것으로 생각합니다.
 
여하튼, 「티벳 불교」나「밀교」로 행해지는 의식과 이「다이죠제」로 행해지는 의식은 매우 잘 닮았습니다.
 
왜 비슷한가 하면, 이러한 종교가 모두 악마 숭배이기 때문입니다.악마 숭배라고 하는 같을 하나의 컬트가, 「티벳 불교」「밀교」「신도」라고 하는 다른 가면을 쓰고 있는 것에 지나지 않습니다.
 
그리고, 「티벳 불교」나「밀교」에서는, 이러한 의식을 정말로 가고 있는 것이기 때문에, 「천황」도 또한 이러한 기시키를 실시하고 있었다고 해도 아무런 신기하다가 아닙니다.
 
또, 「현천황」가「선제(전의 천황)」의 미라와 함께 잔다고 하는 의식도, 어늘 수 없는 것이 아닙니다.왜냐하면 악마교인「밀교」와 미라와는 잘라도 떼어낼 수 없는 관계에 있기 때문입니다.
 
실은「밀교」에는 미라불(즉신불)이라는 것이 있어요.
 
미라불이란, 단식하면서 죽을 때까지 경을 계속 주창해 미라가 된 승려들의 일로, 그 미라를 불로서 드리고 있는 사원이 이 일본에는 각지에 있습니다.이하가 그 미라불의 여러 가지입니다.
 
알려지지 않은 일본의 미라 신앙…영 나무 고행의 끝의『즉신불』라고 하는 경이 – NAVER 정리
 
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이 승려들은 미라가 되기 위해서, 스스로「옻나무(옻)」를 마시면서 경을 주창해 자신의 몸을 방부 처리하고 있었다고 합니다.
 
「옻나무」는 독물이므로, 이것은 완전한 자살 행위에 해당하는 것입니다만, 그런 악마적인 소행을「밀교」에서는 고귀한 행동이라고 보여지고 있던 것입니다.정말로「밀교」는 어디에서 어디까지나 악마적입니다.
 
게다가, 이런 단순한 해골을 신과 같이 우러러보는 것이기 때문에, 확실히 광기의 소식으로 밖에 표현이 없습니다.
 
이와 같이 악마 숭배자들은 미라를 신과 같이 우러러보는 곳(중)이 있다의로, 같은 악마 숭배자인「천황」가「선제(전의 천황)」의 미라와 함께 잔다, 라고 하는 기시키를 실시하고 있었다고 해도 아무런 신기하다는 아닙니다.
 
그러나, 이런 미치광이 소식을 실시하는「천황」가, 한 때의 일본에서는 신과 같이 우러러볼 수 있고 있던 것이고, 지금도「일본 회의」나「신사본청」라고 하는 극우 단체가, 이「천황」를 다시 신으로서 메려 하고 있습니다.정말로 있을 수 없는 것입니다.
 
일본의 뒤사회의 에이전트가 목표로 하는 길은 단지 하나.국가 신도의 부활입니다.
 
우리 서민으로서는, 「천황」가 일본(나아가서는 세계)의 정점으로 서있으면 좋지는 않습니다 것으로, 그들의 그렇게 시시할 계획이 재빨리 좌절할 것을 바랄 뿐입니다.


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